上野大仏とは、上野公園にある、レリーフ状に顔の前面だけ安置された、大仏様です。

 

 

 

 

概要

昭和のはじめまで首のない状態で上野公園の大仏山に安置されていました。

 

もともとは、1631年(寛永8年)に越後村上城主の堀直寄により粘土製の大仏が造られました。ですが、正保4年(1647年)、5月14日の地震で首がもぎ落ちました。

 

明暦、万治年間(1655〜61)には木食浄雲という僧により、7メートル程の大仏が建造されました。

 

元禄年間(1688〜1704)には、輪王寺宮公弁法親王によって、この上に大仏を守る大仏殿が建造されました。

 

その後、地震や災火のたびに、復興されましたが、大正12年(1923)の関東大震災で再び首がもぎ落ちさらに、公園整備のために大仏は取り払われました。

 

あげくのはてには、顔面部以外が戦争用途のために消失するという、信じられないくらい気の毒な運命を持った、大仏様です。

 

かろうじて、寛永寺に保管されていた顔の表面部がレリーフ状となって、もともとの場所に安置されています。

 

 

 

上野大仏周囲の景観

 

 

大仏様の顔面だけが安置されている、この大仏山には昭和42年(1967年)6月に白亜の仏塔パゴダが建立されました。(上二段目の写真)

 

(パゴダとは仏塔の英語表記です。)

 

この内部には、寛永寺の秘宝薬師如来像、左に月光菩薩、右に日光菩薩が安置されています。

 

大仏に関するグッズ、飴玉、お守りなどのお土産も売っております^^。

 

 

 

上野大仏 ご利益

 

上野大仏様のご利益とはなんでありましょうか?

 

ずばり、受験生の方々にご利益がある、と言われております
大仏様の首がなんどももぎ落ちまして、遂にはご尊顔のみのレリーフ・・・・

 

これなら、さすがに、落ちない!
落ちない、落ちない、落ちない・・・・・

 

で、受験に落ちない、という、意味合いがあるんだそうです
確かに、レリーフ状になっておりますから、落ちる事はなさそうです♪

 

信じるも信じないもあなた次第!

 

受験生のみなさん、ぜひぜひ、お参りのほど

 

 

 

 

上野大仏 地図


スマートフォンでご視聴のかたは、指2本をあてるとスライドできます。

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