五條天神社:上野恩賜公園に佇む神社
五條天神社とは上野恩賜公園にある神社です。
もくじ
概要
五條天神社周囲の景観
五條天神社 地図
概要
第十二代景行天皇の御代、日本武尊(やまとたけるのみこと)が御東征の際、上野の忍岡(しのぶがおか)上野恩賜公園一帯で、薬祖神、二柱の大神が奇瑞(めでたいことの前兆)を現し給い、難を救われたので、この地に両神をお祀りしたと伝えられます。
(神様は一柱(はしら)、二柱(はしら)とかぞえます)
「北国紀行」という文献では、1486年(文明18年)武蔵野境忍岡に五條天神社のことが記されており、500年の歴史を誇る神社であることが分かります。
五條天神社の御祭神は京都松原通り東洞院の大名貴命(おおなむじのみこと)、少彦名命(すくなひこなのみこと)を勧請したもので、同社は医道の祖神として崇敬されました。
寛永18年、菅原道真を祭神として迎えました。
五條天神社は何度も御遷座(神、仏、または天皇の座所を他へ移すこと)をし、昭和3年9月に御創祀に近い現地に落ち着きました。
五條天神社周囲の景観
500年以上の歴史を誇る神社ですが、この社は何度も御遷座(神、仏、または天皇の座所を他へ移すこと)をし、関東大震災後に現在のこの地に落ち着きました。
すぐ真横には花園稲荷神社があります。
にぎやかな上野公園のなかで、とても静かに佇んでいます^^。
都内23区内とは思えない景観であります。
五條天神社 地図
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